戦 国 策
☆☆☆人の前で上手に話す方法を徹底追求☆☆☆



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東 周 策
第3策 両方から褒美をせしめる方法
 周は考王のときに、弟の掲(かつ)に河南の領地を与えて西周君とした。また、掲の孫である恵公が末子の班(はん)に鞏の領地を与えて東周君とした。

 東周で田植えをしようとした。ところが、領土の境界線争いをしている川上の西周が、水を塞き止めたために、稲作ができなくなってしまった。そこで、たまたま遊説に来ていた蘇秦の弟の蘇代が、東周君に言上した。
 「西周に行って、水を流すように交渉して来いと申し付けてください。きっと成功して見せます。」

 蘇代は、西周に行って、西周君に見えて言った。
 「陛下の謀には間違いがあります。それは、今年、水を塞き止めるのは、東周を富ますことになるからです。今年の東周の民は、稲ではなく、麦を植えています。他には何も、植えていません。もし、陛下が東周を疲弊させようとなさるのなら、一気に水を流して、麦畑を水没させてやることです。そうすれば、麦は疫病に罹って、収穫できなくなるはずです。
 また、水を流せは、東周の民は、今度は稲を植えるはずです。そうすれば、再び、水を塞き止めてやれば良いのです。このようにすれば、東周の民は、西周君の意向を第一に考え、その威令に服することになるでしょう。」

 これを聞いた西周君は、
 「わかった。」
 と言って、水を塞き止めるのを止めた。

 蘇代は、東周を苦しめる方法を教えてくれたということで、西周君から褒美をもらい、水を流してくれたということで、東周君からも、褒美をもらった。

 詭弁と言えば詭弁ですが、これ程見事な詭弁は無いでしょう。両方から褒美をもらえるように、弁舌を振るったのですから。ただ、騙されたと知った西周君は、怒るでしょうね。


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