韓子(韓非子)
☆☆☆人と上手に付き合うための方法を徹底追求☆☆☆



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第30篇 内儲説(上)
第7話 魯の豎牛が叔孫豹を餓死させた話

 魯の宰相であった叔孫豹(しゅくそんひょう)は、わが世の春を謳歌し、国政を思うがままに壟断していた。その叔孫豹には、妾腹の子で豎牛(じゅぎゅう)という者がいたが、長男であるにも関わらず、妾腹だということで跡継ぎになれないことを哀れんで、ことのほか寵愛していた。その寵愛を笠に着て、豎牛は、叔孫豹の名で勝手な命令を乱発していた。

 叔孫豹には、別に正妻の子で叔孫壬(しゅくそんじん)という跡取りがいた。豎牛は、叔孫壬を妬んで、殺そうと考えた。そこで豎牛は、嫌がる叔孫壬を無理やり誘って、魯公に見えた。魯公は、叔孫豹に気兼ねをして、叔孫壬に宝物である玉の首飾りを与えた。家に帰ると叔孫壬は、叔孫豹を憚って、その首飾りをつけないでいた。それを見た豎牛は、

 「既に、殿には、壬さまが陛下とお会いになられたことをお耳に入れてあります。また、その際に、首飾りを賜ったこともです。当然、その首飾りを身に着けることも、お許しいただいています。」

 これを聞いた叔孫壬は、気兼ね無しに首飾りをつけるようになった。

 それから暫く後のこと。豎牛は、叔孫豹に言った。

 「殿は、どうして壬さまを、陛下のもとへ連れて行かれないのですか。」

 「バカを言うな。まだまだ陛下にお会いするには、早過ぎる。」

 「しかし、壬さまは、既に何度も陛下とお会いになっておられますよ。」

 「本当か!!」

 「はい、陛下から首飾りも賜れたようでございます。」

 「・・・・・。」

 叔孫豹が調べると、果たして叔孫壬は、首飾りをつけていた。怒りに我を忘れた叔孫豹は、弁解無しに叔孫壬を殺してしまった。

 叔孫豹には、他にも叔孫丙(しゅくそんへい)という子がいた。ある日、叔孫丙が鐘を作ったので、父である叔孫豹の許しを得てから突こうと、豎牛に許しをもらうことを頼んだ。豎牛は、好機到来とばかりに、勝手に許しを得たことにして、そのことを叔孫丙に伝えた。叔孫丙は、許しを得られたと豎牛に感謝して、鐘を突いた。このことを聞いた叔孫豹は、叔孫丙が勝手に鐘を突いたと思い、怒って叔孫丙を追放した。1年後、叔孫丙も反省したと思い、叔孫豹は、叔孫丙を呼び戻すように、豎牛に命令した。豎牛は、呼び戻しもせずに、頃合を見計らって叔孫豹に言った。

 「丙さまに、お戻りになるよう使いを出したのですが、丙さまは未だにご立腹の様子で、お話を聞いてもらえない由にございます。」

 これを聞いた叔孫豹は、怒りに震えて、家臣を遣って叔孫丙を殺した。

 その後、叔孫豹は、病気となった。豎牛は、叔孫豹の命令だと偽って、自分以外が叔孫豹の病室に入れないようにした。そして、病気で臥せっている叔孫豹の看病をせず、餓死させてしまった。餓死すると、豎牛は、叔孫家の全財産を持ち出して、斉に亡命してしまった。 たった一人の家臣のみを信じたがために、子供二人と自らの命を失ったのである。

 唯一信用している者が最も信用できない者だとしたら、その悲劇は目を覆うようなものばかりである。だからこそ、多くのものから情報を得て、その真偽を見抜く力を養わないといけないのである。



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