韓子(韓非子)
☆☆☆人と上手に付き合うための方法を徹底追求☆☆☆



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第11篇 孤憤
第4節 小国の側近

 法術が現実に用いられるのが難しいということは、大国に限ったことでは無く、小国にとっても同様のことです。君主の側近達は、必ずしも有能ではありません。

 君主が有能な者(術家)の進言に対して、側近の者達に意見を求めるということは、有能な者(術家)の進言を、無能な者の意見で推し量るのと同じことです。君主の側近達は、必ずしも清廉潔白ではありません。君主が清廉潔白な者(法家)の行いに対して、側近の者達に意見を求めるということは、清廉潔白な者(法家)の行いを、不肖な者の意見で推し量るのと同じことです。つまり、有能な者(術家)の進言は無能な者によって採否が決められ、清廉潔白な者(法家)の行いは不肖な者によって評価されるということです。これでは、有能な者(術家)や清廉潔白な者(法家)は、その評価を恥辱と受け止め、君主は判断を誤ることになってしまいます。

 仕官しようと思う法家は、清廉潔白な行いにより仕えようとし、術家は、公明正大な働きで仕えようとします。法家と術家は、賄賂で上司に取り入ったりするようなことはせず、清廉潔白な行いと公明正大な働きで出世しようとし、法を捻じ曲げるようなことはしません。だから法家と術家は、君主の側近の機嫌をとったり、個人的な便宜を図ることはしないのです。ところが、君主の側近達は、伯夷(はくい:殷王朝を滅ぼした武王は不忠者であり、その領土で採れた作物は口にできないとして餓死した。清廉潔白な人物の代表者。)のような聖者ではないので、自分への便宜を断られたり、賄賂を受け取って貰えなかったりすると、法家や術家の功績を黙殺するどころか、讒言をして失脚させようとするのです。言い換えれば、法家の功績は側近たちによって押し止められ、術家の清廉潔白な行いは側近たちによって名誉を傷つけられ、その挙句に官職まで追われてしまうということになるのです。

 このようにして君主は、実権を少しづつ失っていくのです。つまり、臣下の働きや行いによって功績を決めるのではなく、事実に基づいた証拠によって罪科を決めるのでもなく、ただ側近達の言葉のみによって決めているのであれば、臣下は無能な者ばかりになり、愚かで汚い者ばかりが官吏になるようになるのです。



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