韓子(韓非子)
☆☆☆人と上手に付き合うための方法を徹底追求☆☆☆



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第10篇 十過
第10節 無礼は断絶のもと
 『小国でありながら諸侯に無礼を働き、忠臣の諫言を無視し、王家断絶の憂き目に遭うこと。』とはどういうことか。

 昔、晋国の王子であった重耳が、危険を避けるために晋国を出奔し、曹国を立ち寄ったときのこと。曹君は、重耳が一枚肋骨であるとの噂を確かめるために、彼の入浴姿を覗き見した。近臣の釐負羈と叔瞻は、その一部始終を見ていた。叔瞻が曹君に言った。

 「重耳殿は、その風貌を拝見すると只者ではありません。その方に対して陛下は無礼を働かれました。重耳殿が帰国し、晋国の王位に就けば、恥を注ぐ為にもわが国を攻められるでしょう。そうなれば、わが国は一たまりもありません。ここは先手を打って、重耳殿を殺すべきでしょう。」

 「何を言う。そんなことをすれば、わしは諸侯からの信頼を失ってしまう。バカなことを言うな。」

 そのやりとりを聞いていた釐負羈は、浮かない表情で帰宅した。その顔色を見た妻が、心配して言った。

 「どうなされたのです。そのような浮かない表情をされて。」

 「いや、昔から、他人の福は回って来ないが、他人の禍は回ってくると言うだろう。実はな、今日曹君が重耳殿に無礼を働かれたのだが、その場にちょうどわしも居合わせておってな。この禍が回って来ないか心配なのだ。」

 「私が拝見するところによりますと、重耳様は大国の君主になれる器であり、左右に控えられているお供の方々も、大国の大臣にられる器の方々ばかりです。今はただ、危難を避けるために出奔されているだけであり、いずれは晋国に戻られるに違いありません。その方に無礼を働いたとなると、帰国された暁には必ず恥を注がれるでしょうし、この曹が最大の標的にされるのは確かです。迷われてはなりれません。一刻も早く、重耳様と誼を通じなくては。」

 「そうだな、お前もそう思うか。」

 釐負羈は、夜になってから、壺に黄金を入れて食物で蓋をし、その上に宝石を散りばめたものを使者の者に持たせた。重耳は使者と会い、礼を言って食物を受け取ったが、宝石は受け取らずに返した。

 その後、重耳は曹国から楚国に、そして秦国へと移った。

 重耳が、秦国に入国してから3年程経過したある日。穆公は、群臣を召し出して言った。

 「わしと献公が親友同士であったことは、諸侯の誰もが知っていることである。不幸にも献公が崩御されて10年になるが、その後継者である晋公は才知に乏しく、晋国の行く末が心配である。このままでは、晋国とわが国とは、以前のような良好な関係を保ちつづけることはできない。そこで、献公の息子である重耳殿を助けて、彼を晋の王位に就けようと思うがどうであろうか。」

 「それは、素晴らしいお考えと存じます。」

 群臣達は賛成した。そこで穆公は、500台の戦車、2,000騎の騎馬、50,000人の歩兵を動員して、重耳を晋国に送り届けようとした。晋公は、このことを聞くや、戦わずに逃げた。重耳はその後を継いで即位し、文公となった。

 重耳が即位して3年が経過した頃、重耳は恥を注ぐべく曹国討伐の兵を挙げた。重耳は曹君に使者を派遣して言わせた。

 「叔瞻を縛って、降伏の証として差し出せ。叔瞻を殺して、大罪の見せしめにしてやる。」

 また、釐負羈に対しても、使者を派遣して言わせた。

 「貴殿から受けた恩は、今も忘れていない。わが軍が近づけば、貴殿の村には、それとわかるよう目印を立てて下さい。決して立ち入らないように命令します。」

 この話を聞きつけた曹国の人々は、一族郎党を引き連れて釐負羈の保護を求めた。その数は700家余りにもなった。このように、釐負羈が助かったのは、礼を尽くしたお陰である。曹国は小国であり、晋国と楚国という大国の間に挟まれており、その君主の地位は、積み上げられた卵の上に立っているようなものである。にもかかわらず、重耳に対して無礼を働いたので、その系統は絶えることになってしまったのである。

 だから、『小国でありながら諸侯に無礼を働き、忠臣の諫言を無視すると、王家断絶の憂き目に遭うことになる。』と言うのである。



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